Ref: Nikkei Online, 2021/12/14


日本ユニセフ協会会長 赤松良子(13)男女平等

女性の結婚退職制に「ノー」 筆名「青杉優子」で論文発表も

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今から思うと信じられないかもしれない。日本にはかつて結婚退職制や、女性だけ若くして退職する若年定年制をとる企業が多くあった。

目指す方向が見え始めた(1966年ごろ)

あるとき労働省婦人労働課に、広島婦人少年室から相談が寄せられた。女性キーパンチャーに25歳の定年制を設ける労使協定を結んだ企業がある。女子労働者からの訴えがあったが、どう対応すべきか、という照会だ。

労働省として見解を示すことになり、係長だった私が原案をつくることになった。

当時、日本には性別による定年の違いを明示的に禁じる法律はなかった。労働基準法に書かれているのは、男女の同一労働に対する賃金差別の禁止だけだ。憲法は法の下の平等をうたっているが、それを直接、民間の雇用関係に適用できるわけではない。

ただし民法90条は「公の秩序または善良の風俗に反する事項を目的とする法律行為は無効とする」と定めている。私は多くの本や論文で学説を調べ、これだ、と思った。

「25歳定年制は公序良俗に反して無効」。これが私の原案だった。上司の課長もその内容で了解した。

しかしこれが日の目を見ることはなかった。当時の局長が「同意して入社したのに、あとになって文句をいうのはおかしい」という意見だったからだ。局長に限らず、当時の行政はこうした考えが強かった。最終的に通達文は「無効」が「好ましくない」に書き直された。

収まらないのは、原案の正しさを信じる私の胸のうちである。婦人少年局の仕事として1965年、「女子の定年制」という本をまとめて出版した。結婚退職制や若年定年制の問題について、さまざまな学説を集めたうえで、問題点を指摘した刊行物である。

そこに一筋の明かりが差し込んだ。66年12月、東京地裁で画期的な判決が出る。結婚を理由に退職させられた女性が不当解雇だとして会社を提訴し、原告側が勝訴したのだ(後に和解)。

「労働基準法は、性別を理由とする合理性を欠く差別を禁止しているものと解せられる」「女性結婚退職制は女性労働者の結婚の自由を制限する」。判決はそう論じ「公の秩序に反し解雇は無効」と結論づけた。明快な判断だった。

後になって、判決を出した裁判長とある会合で顔を合わせ、「あの本参考になりました」と声をかけられた。これはとてもうれしかった。

判決が社会に及ぼす影響の大きさを予感した私は、市川房枝さんの「婦人展望」に評論を書かせてもらった。

このころ私は別の課に異動していた。「婦人労働者にはまさに朗報」などと、自分の思いを前面に出しすぎてもいる。さすがに実名で書いては、まずかろうと思い、ペンネームは「青杉優子」にした。青と赤、杉と松……。まぁ、分かる人にはすぐ分かる。

公務員があんな論文を書いて、と白い目で見た人もいたようだ。でも論文としての出来は悪くなかったと自分では思っていた。

同様の裁判は、その後も相次いだ。最終的には80年代に入って、男女の定年差別は無効という最高裁の判例がでた。

大きな前進ではあったが、判決というものは出るまで待っていたら、時間がすごくかかる。はっきりと男女別の定年を禁じる法律があれば、そもそも裁判を起こすまでもない。

職場での男女平等を支える法律をつくりたい。後の男女雇用機会均等法につながる、一本の道筋が見えた。


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